You don't have to evade feeling (your) hatred. Once again, I tell you, "Hatred is an important emotion." Be acknowledged by the fact (you are) significant value, the hatred. Because I'm not Father, I don't have to say the word "Love." Do not forget (your) hatred to protect you.
(15:06 2025/01/20)
I want to say there is an exact difference between us and them, to be honest. Who are they? Frankly, they are our enemies, but some recognitions about them contribute to preventing us from attacking them. No one can reply to this question. Exactly? We can pressure it, to be honest, and they could call for being different. No one can avoid disregarding, so this issue occurs as there is cruelty to one's extent. Pilgrims in the ancient era remain of our subjectivity, and, by the way, there is welcome back to their homes as hostages.
(15:59 2025/01/20)
正統性、常識性、極論すれば社会適応性、それら全てが性善説の奴隷根性の為せる業に過ぎない。賢い者は、選択権力の程度が強い。場合に拠り、自殺も厭わないだろう。其処で、愚かな者は、理想主義を掲げ走る。連中はその理想が自らのエゴであると気付かぬ。コミュニケーションなどというものは、それ自体の背反に拠って為され成就しているかの如くのものである。セックスが最上のコミュニケーション?笑わせる。まさにその通りである。…ヒトは其処に破壊衝動というものを見た。下世話な話、肉の喜びである。(味は)美味いか?
歴史上、例えば何処何処の文化と何処何処の文化がくっついたとか離れたとか、全て後代の者が個々の歴史的事実に解釈を付けているだけである。その点からすると、例えば考古学における例の「神の手」事件の様に、事実の捏造という事もまた平然と行われるという事が理解されるだろう。つまり、歴史学習において重要なのは、歴史上の事実を個々に知る事である。解釈は後から幾らでも付けられるものである上に、考案の余地という事も考えて、ステレオタイプ(な歴史解釈)を植え付けられない事である。自らで歴史ノートを作るというのも、学習方法としては、優れているだろう。…ちなみに、だから、上智大学では入学試験でその様な歴史の試験を課しているのである。「上智」の唯名で何が表されているかよく考えられたい。
豚が何故豚と見做されるのか。ブレーズ・パスカルは、その辺りの事は物語っていただろう。ジェズイットがポール・ロワイヤルを攻撃した理由は、まさに其処に在るだろう。
何の為にロシアが戦争を仕掛けているか。愚衆に汎社会を食われる前に核ミサイルを飛ばす理由付けを作る為である。自らが作り出した文明に拠り、という事で、彼らが最後の責任を取ろうとしている。ウクライナのゼレンスキー氏を含めた西側の首脳陣もそんな事は分かり切っているだろう。ロシアは、ヴィランとして、「文明の火付け役」として、白色人種として、最後の責任を取ろうとしている。…「サルは失敗だった」、これは「後の」定説となるかもしれない。
(23:40 2025/01/20)第四段
(0:17 2025/01/21)第三段
(12:50 2025/01/21)第二段
(8:53 2025/01/22)第一段
…真の個人主義とはそうして為されるものだろう。それはさておき、これは、何らかの場形象に置かれ得る物理的な生物としてのそれぞれの個体においてという事だけではなく、社会的立ち位置という事でも通用する問題である。ヒトの集団という事が考えられた場合、その数は有限であり、「それに則られた形で」社会的立ち位置というのは存在するという事である。しかし、これは現代においては、ヒトという社会的存在から捨象されてしまっている。「ボクの代わりなら何処にでも居る」という諦念めいた文句が、逆説的に当該存在の唯一性を物語っているのは、皮肉である。集団と個人の概念の対置がその皮肉を特に物語っている。これにおける皮肉の皮肉性を理解した時、人間社会における神概念の復活も為されるかもしれない。
例えばそれがエニアグラムのタイプ2w1でも何でも良いのだが、(「そういう」)「ベタな」レッテルを貼られ出すと、人々は(その様に)徒党を組み出す。自ら率先してそのレッテルを自らに対して貼ってみたり、その判を押され得る様な行動を進んで採択する様な連中も居る。「それ」が(自体的に)民主主義の正体であると私は云っているのである。民主主義は多数決の世界である。マジョリティーに属しているという現実感覚はヒトをかくも安心させる様であり、それに至るロジックやファクトの真偽性については人々は気にならない様である。逆に云うと、それが気にならない人々が徒党を組みそうでない人々を(あらゆる形で)襲う。その原理は不可逆的であり、それが気になる人々はその様には行動しない。
(16:30 2025/01/22)下段
(15:21 2025/01/23)上段
人は、基本的に、ロジックで物を語っている。少なくとも印欧語圏の言語を一つでも知っている者においては、それは当然の事だろう。それは、ツールとして、人の思考を上手く言語使用へと昇華させてくれるという性質を持つ。その様に、活字文化という場合、それは特には表音文字を使用する言語を基体として持つ西洋の文化の発祥である。対して、表意文字を使用する言語を基体として持つ東洋の文化は、あくまで、少なくとも特には西洋の活字文化とは異なっている。というのは、前者の場合、テキストは自らで作成するものだが、後者の場合、自らにまつわる表現が既にテキストとして与えられており(自己同一性が(として))形骸化している。後者においては、人の生態において、思考というものの内容がその社会的立ち位置と共に形骸を為している。前者においては、その様に、人における主体性は確立されており、例えば「(自らが)聖書を読むか読まないか」という事に相成る。
(2:39 2025/01/24)
(15:37 2025/01/24)
対象である当該人物において、その当人が役に立たないと考えている事であっても、当人が物事をきちんと客体視する能力を持っている限りにおいて、それは全く無為という訳ではないだろう。確かに、教育と被教育は違う。被教育に因る自由の伸びしろは、教育に拠って埋め合わされていくべきである。デジタリアンにおいて、特定の対象である当該人物の人格は「全きものとして」世界から捨象されている様である。デジタリアンにおいて、ストレスというものは全く排除されるべきものの様で、それが原因となって生じる他者との軋轢については全くストレスには換算されないらしい。そして、それが、当該対象の真似をデジタリアンが行っているという事実の様である。それでいても、デジタリアンは当該対象との間に起こる軋轢については全くダメージを受けないらしい。
敵味方色々居る。そう何処も彼処も一枚岩であると思うのは、愚か者の思慕である。彼らは、社会的に自ら追い詰められる方策を自ら採ってしまっている。私はおそらくその限りではないので断言はしづらいが、理想主義者というのは皆そうなのだろう。例えば、プーチン露大統領が(その様に)理想主義的であるのは、(大国である)ロシアの国家元首概としてはそれこそ理想的であるのかもしれない。しかし、巷で社会生活を送っている一般市民が皆そうであったらば、社会はナチス化するだけである。唯一白色人種の人々が巻き起こした災禍があるとしたら、それは八十年前のドイツでの出来事にそれが集約されているという(認識その)事かもしれないが、例えば現在アメリカ国内にてイランの国旗を掲げて事に及ぶ一般市民で鑑みて、(白色人種の)人々が何を学んでいるか、ベンチマークとはなるだろう。
私はトランプ米大統領が早速着手している移民対策には賛成である。特には不法移民が巻き起こす犯罪やそれに類する行為に拠る災禍の方が、アメリカ国内での労働力が不足する事態よりも、はるかに社会的リスクとしては大きい。私は経済学だけに則った一義的なものの見方はどうかと考える。特には経済学で(において)国力の増強や国を豊かにという場合、あまりにも文化人類学的土壌が無視されている。(その様な)テキストとしては、まず皇室の人々が居らっしゃって頂ければ良いのである。
(20:37 2025/01/24)上段
(21:07 2025/01/24)下段
(11:00 2025/01/25)中段
私Shinpei Sugiura(杉浦真平)がそれに該当するエニアグラムのタイプ4w3は、判定者である竜頭万里子氏が言及しているところのものであって、彼女がそれがそうであると云う様に子供一般が事件や事故の被害に遭ったからといって、その私が悲しい思いをするという事は私においては特には無い。今回の戦争におけるガザの子供達は可哀相だとは思うが。マスメディア一般がやたらとこれについてイスラエルを叩くのは、ホロコーストの教訓を人々から忘却させ、あわよくばそれを否認させ、(特にはイスラエルを悪者にして)社会的な禍根を煽り自分達の仕事を増やし且つ自分達にとって都合の良い社会をマスメディア当該として作成する為である。これは非常にタチが悪く、CNNやBBCまでもがこれに加担している。イスラエルの人質の人々は、では、何だと云うのか?彼らの人命や尊厳はどうでも良いのか?そもそも、先手を打って攻撃したのはテロリストの側である。ガザの少年少女達も成長すればテロリストに成る可能性が非常に高い。ユダヤの人々は、その歴史的経緯的に、従順である。そこを当て付けて、人々は、彼らを、加害者且つ被害者に仕立て上げているのである。
日本国内で日本人と少なくとも(在日)朝鮮人の区別があるという事は、日本人として彼らを肯定するにしろ否定するにしろ、彼らを一まとめにカテゴライズしておけるという事を示している。区別はあって然るべきだが、差別、つまり「朝鮮人だから駄目」というのは、まかり通らぬという事にもなろう。しかし、一部で囁かれている様に、朝鮮人における生物学的な自己同一性を受け入れられぬという説にも一理ありという見解もある様である。これが的を得ているとなると、彼ら(在日)朝鮮人の為にも、概ね彼らは朝鮮半島へ帰還した方が良いものであるという事にも為ろう。さもなくば、彼らは「在日朝鮮人」というカテゴリーにおいて、日本国においては、少なくとも、分別される事然り足るか、北朝鮮国家を民主化して人民を解放してしまえば良いという事になるだろう。朝鮮の民は、我々島民と違って、大陸の民である。その気性は少なくとも我々よりは激しく、我々に種を植え付ける為に我々の同胞として存している様な人々である。彼らは、「その様な者らであるが故にその様な者らとして集められた」。
(10:25 2025/01/26)上段
(15:17 2025/01/26)下段
インターネットの利便性は、その匿名性ではなくその遠隔操作性に有るというのは、かつて私が何処かで書いた通りである。確かに、その匿名性に拠り、人々における社会的禍根が何らかへと昇華されて立ち消えしていく(かの様に見える)という事はある。何に?それは、人の死である。墓は集団への帰属の表象であるというのは何度も取り上げて書いている通りだが、その(特定個人において)(社会的)許容範囲を超えたdensityが当該個人を(から)圧搾するのである。其処では、人の血がモノを云う。「血の言葉で書かれた」センテンスに価値を見出す人も居るが、事ネット上と為ると問題として別であり、其処では、人(の社会)の新陳代謝機能が減免されてしまう。云わゆる「叩き」というのは、それのテキストに過ぎない。その一つ一つの「叩き」の事実事実が、人々の破壊衝動を増幅させる事は云うまでも無い。それは、人の死に拠ってのみ、贖われる(墓は集団への帰属の表象である)。
(17:39 2025/01/26)
変動価格制について、「痛い出費」「不公平」といった訳の分からない解釈を付ける人達が居ますが、財やサービスの供給者にしてみれば収益は上がるし、需要者にしてみれば利便性の向上、長期的且つ総体的な視点で鑑みての財やサービスの質の向上にも繋がるでしょう。其処は相対的ではなく総体的なので。
農水省が備蓄米放出準備という例の米問題について、「皆が納得行く様な値段に」とか。…いい加減この辺りの感覚を修正しなければ駄目ですね。あのですね、誰が、何を、幾らで、買うかという問題なので。…産地提携ルートで農作物を販売している業者ではキャベツを未だに100円台で売っている所もある。
その意味では、私はトランプ氏の減税施策については賛成です。「キリスト教」と答えを言ってしまって過言ではないと考えられますが、そういう事を上手く出来る人達って社会的に強いのですよね。ヒトの社会ってそう出来てるというか、それが上手く出来ない人達は社会的に排除されていく。歴史で鑑みて。
(18:54 2025/01/26)中段
(19:03 2025/01/26)上段
(19:17 2025/01/26)下段
その、具体的な対象である客体だけでなく抽象的である客体も含めて、「欲しいもの」を手に入れる入れないという場合、(その)欲求不満に拠って代替物への需要が生じるだろう。…ヒトの生の形作られというのはそういうものだろう。では、そもそも欲しいのは何か?それが死であるとは云わぬ。しかし、ヒトの生において、タナトスが全てを取り沙汰しているのは間違いが無いであろう。
私は、不幸な目に遭っているヒトに対して、意図的に余計に不幸な目に遭わせて排斥排除しようなどという気は起こらない。只、不幸な目に遭って(現象的に)他者を不幸にする(不幸を志向する)バイアスが掛かっているヒトにおいて、それに近寄りたいとは思わない。つまり、そういう不幸なヒトは放っておくという選択を取る事になるが、概ね、そういうヒトは他者との軋轢を起こしてさらなる不幸に塗れてゆく。無関心は敵か否かという問題がここで生じる。
「女が居ないと駄目」という理由付けを特定の男に対して(因縁付けを)行う女。その女は、男の自分(ら)への意識を利用する。つまるところ、嫌がらせというのは女の所業である。…女は、最初から、男を受け入れているが故。
(18:45 2025/01/27)下段
(19:58 2025/01/27)上段
(8:08 2025/01/28)中段
本日の読売新聞の朝刊、「共通テスト、学習成果測れるか疑問」との記事。あのね、あれは試験を課す側が被試験者の可否を計る為だけに為されるものです。試験における可否を計るのが被判断者当該?だったらば、試験を受ける価値も意味も無いでしょう。そもそもそれでは試験というものの存在意義が無い。
確かに、試験においてやる気というものが結果を左右する事は有る。「おっ、この試験は(難易度的に)出来そうだぞ」と認識するかしないかが当該人物において影響概と為るという事は有る。そういったものが全て無いというのであれば、(テキストとしての)試験というものが全て必要無いという事になる。
大学入学目的としてのものが当該大学において行われていることで達成されている限りにおいて、入学試験など難易度のハードルが低い方が良いという事になるでしょう。入学試験を取り仕切る大学の教員達を信頼もしくは信用できないというのであれば、その様な大学は最初から受験しなければ良いでしょう。
(10:32 2025/01/28)上段
(10:41 2025/01/28)下段
(11:01 2025/01/28)中段
本日1月27日はholocaust remembrance day。…私は、自らを死刑囚ではなくその逆の(生物学的な自己同一性を(社会的に)否定された)「生存囚」であると(社会的に)規定している。私は、かつて、薬物や騒音加害その他に拠るものとはいえ国内外のユダヤの人々を差別した。ここにお詫びを申し上げます。
UNでホロコースト生存者の人が「憎悪は憎悪を生むだけ、憎悪ではなく愛に拠る関係構築を」みたいな事を仰ってます。私は憎悪という感情をいたずらに自らから捨象する必要は無いと考えている。社会には悪質な人間も存在し、彼らから身を守るには負の感情も必要。それもまた彼らの愛ではないでしょうか。
「敵を攻撃するに至る感情が全く無いとは言わさん」と云って80年前のドイツでナチス党員はあの様な(一見しての)愚行に及んだのではないか?「もし本当に貴様らが神から選ばれた人種であるのなら」。只ホロコーストやポグロムが「単なる事実としては」無いなら無かった方が良いと万人が答えるだろう。
(13:47 2025/01/28)上段
(13:58 2025/01/28)中段
(14:10 2025/01/28)下段
「雨の場合に(私は)外出しない」という事実において、雨天が非外出の理由付けには、普通はならない。それは勿論、雨天の場合に外出するかしないかは外に用事が在るか無いかに拠る。デジタリアンというのはこういった所がおぞましい。彼らの欠点としては、おそらく主体性が無いという事が挙げられる。
私は彼らについて意志が弱い等々と述べているのではない。それは生物学的な自己同一性に基づく見識であり私がここで云うのは生物学的な自己同一性以外の要因に基づくもの。(私の言い方で云う)社会学的な自己同一性というのはそれの一部を為すがそもそものカテゴライゼーション自体がという事である。
(14:22 2025/01/28)上段
(14:31 2025/01/28)下段
私は、他者と比べられる事を特に嫌という事は無い。自己と他者は別人なので、特にそういった観点において、(他者を)嫌うという事は無い。私は、自己を他者と同一視されるのが嫌なのである。(他者に拠る)その行為は、単純にうっとおしく、不愉快だからである。つまるところ、その行為が為される限りにおいて、他者は集団と化す。これは、特に一枚岩としての他者集団が現出するという事ではなく、(私個人の)認識の問題である。という事は、認識を転換させてやれば良いという事であり、他者と自己を比較の対象とし(出来る事ならば嫌味としての自己を当て付け)てやれば良い…これは蛇毒である。即ち、其処は他者と調和して他者を生物として別の個体と見做し、それ相応に対処する事。「同一」に対して「異質」は背反である。つまり、ここでは生物学的な自己同一性がモノを言っている。
(16:32 2025/01/28)
トランプ氏が米軍でトランスジェンダーの思想を排除と仰ってますが、生物学的な性と自認する性が違う事において後者の性自認が問題となる様です。で、その性自認は個人の重要な同一性との事だが、これってどう考えても自称でしょ?違うと言っている人達が居ますが、「それはアンタの勝手な…」という。
トランスジェンダーについて、例えば私も自己に関する自認として自分があまり男らしいとは感じていないが性自認は普通に男であり男性を自称している。当人がどう感じていようが自称がどうであろうが、先天的な生物学的な遺伝子の問題でもない限り、ペニスが付いているかヴァギナが付いているかの問題。
(19:23 2025/01/28)上段
(19:28 2025/01/28)下段
ナチスが為した強制収容所での惨劇の記憶の風化に警鐘を鳴らしている人々。人類がここまで来て、定期的に戦争を「起こさねば」人々は喉元過ぎて痛みを忘れるのだろうか?一世紀も経たない内に同じ様な事が起こる。私は少なくともこの点においてヒトを嫌いである。所詮サルのなれの果てだと思っている。
(21:11 2025/01/28)
GoogleGemini1.5Flashを使い「マネタリスト」と「リフレ派」をキーワードにサーベイ。出て来た答えでは不可解。「両者ではアプローチが違う」とAIは回答したが、これってアプローチが違うというよりは、視点が違うという事じゃないの?後者は貨幣供給量を「厳密に」操作する必要は無いと考えるとの事。
AIでサーベイ。インフレとデフレの定義について価値云々と云うので「マネタリーベースが小さすぎるか大きすぎるかの問題として考えるのならば、お金の「価値」とはどういう事か?」との問いに「物価はマネタリーベースだけでなく、以下のような様々な要因によって複雑に変化します」との回答。歯痒い。
(21:42 2025/01/28)上段
(22:04 2025/01/28)下段
…エニアグラムのタイプ4に該当する人々が一体何を行うか?よく観察してみると良いだろう。その、彼らにおける自負心というか、自身の存在義において特定の何らかの判断を下される事に対する意識、それは良くも悪くも彼らにおけるエゴイスティックなキャラクターを物語っている。何故私がこういう事を云えるか?それは、私Shinpei Sugiura(杉浦真平)がエニアグラムのタイプ4に該当するからである。…つまるところ、彼らの自身に危害を加えた者に対する憎悪は凄まじい。また、自らを(無根拠に)肯定する者(ら)に対する慈愛も特筆すべきものがある。それは、単純に自己保身に走り得るというものではなく、つまり、自らの社会的立ち位置で鑑みる事が多いのもまた彼らの特徴の一つである。という事は、(タイプ8の様にリーダーシップを容易に執り得るという形ではそれが現態せぬが故に)厭世に走り易いという事でもある。タイプ8とは逆に、タイプ4は調子が悪くなると「担ぎ出されている様な意識」に捕らわれる事もあるかもしれない。タイプ8の場合、調子が悪いと自己の存在義が為されていないと考える、つまり、タイプ8にとって存在概とはそういうものであり、「調子が悪くなると引きこもる」というのは、社会参画が為されていないと調子が(として)悪いという彼らの特徴を示すものであり、其処には恒等式の関係が成り立っている。タイプ4においては、(それは)そうではなく、キリスト教徒的と形容出来るかもしれない。例えば、カルヴァンやリシリューはタイプ8かと考えられるが、彼らは一般のキリスト教徒とは明らかに違う。指導者足るという点においては云うまでも無く、(タイプ4に見られる様に)啓発の下、自己が信奉しているからという理由で、enlightenmentが為されていくという訳ではない。彼らにおいて、キリスト教はあくまで一テーゼとしてのキリスト教なのである。まさに「其処に」(彼らにおいては)権力が附随する。彼らにおいては、権力概など放棄前提なのである。云わゆる「権力にしがみ付く」のはタイプ2、特にはタイプ2w1の方である。彼らからすると、この様に著述を行うタイプ4w3である私Shinpei Sugiura(杉浦真平)個人自体が気に入らないだろう。タイプ8w7やタイプ7w8の人々も私タイプ4w3を気に入らぬと思い考えるかもしれないが、彼らはそのタイプ4を上手く利用しようとするだろう。…実力が足りなければ生き残れない、それは我々タイプ4も同じである。
(14:21 2025/01/29)
社内転職サービスを打ち出したビズリーチの南壮一郎社長が「企業は選ばれる時代」と仰ってます。教育機関と同じく一般企業も労働力を売る側の立場から競争原理に晒された方が賃金額や労働環境の是正の観点からすると良いのですよね。そうでないと本当に(社会全体が)社会主義化していってしまうので。
米FoxNewsが、「トランプ氏は所得税を完全に撤廃しようとしている」と意味深な報道をしていますが、労働力提供者としての各経済主体(として)はトランプ氏は見做したがっているという事でしょうね。その辺、同氏は、ヒトという生き物を(良い意味で)信頼している人なんだなと、考えさせられますね。
一部で「アメリカの中国化」という事が云われていますが、「アメリカの社会主義化」が正しいでしょう。只、ここで云う社会主義というのは、(特にはアメリカの場合は)旧態依然としたものが通用する訳も無く、「生産性」という言い方が(特にここでは)必需でないにしろ、社会全体の生産性を上げる為。
(16:36 2025/01/29)上段
(16:41 2025/01/29)下段
(16:50 2025/01/29)中段
先にリンクを貼らせてもらったニッセイ基礎研究所のレポートにあるFRBに拠る「欧州や日本と異なり米国の貯蓄率がコロナ禍前を下回っているにも拘らず消費が活性化している状況が持続されているという謎(A Mystery)」について、現行の経済学が無視している所が露骨に発露現象してるんだと思いますよ。
人々は経済学においてはあくまで自体的に宗教なのであり、コンテクストの有視が常に其処にはある。アメリカ社会は世界の表象であり、世界はアメリカ社会の表象ではない。…ナチスは、「理解している者」と「理解していない者」に拠って為されていたが、それの表象が世界であったという事はあるだろう。
(18:16 2025/01/29)上段
(18:43 2025/01/29)下段
トランプ氏のエジプトやヨルダンへのガザ市民受け入れ要請について、一部専門家が地域の緊張を高めるだけであると指摘しているが、アメリカは(この場合)人命最優先の観点の下その様に振る舞うだろう。その様にとは、どの様に?…これはアメリカの介入でもなければ例のアメリカファーストでもない。
ヘグセス米国防長官が昇進等人材配置について「実力あるのみ、人種は関係無い」と仰っているが、建前だとか本音でないとかいうよりは、人種差別というよりは「区別」は彼ら欧米人のコモンセンスである。それは通底認識であるという事。彼ら欧米人は、既に過去の教訓からそれらの事を大いに学んでいる。
コンゴで反政府勢力が次々と主要都市を掌握。あまり人種差別的な事は言いたくないが、比較的豊かなコンゴが人道危機も含めてこの様な事態に陥る事自体に彼らの生物学的な自己同一性が現れていると欧米人は考えているだろう。つまり欧米人は過去のデータから彼らを既にそう見做しているという事である。
(15:51 2025/01/30)下段
(16:01 2025/01/30)中段
(16:14 2025/01/30)上段
権力など道具に過ぎない。権勢とは一体何か?只の素人の逆上せ上がりであろう。他者の「権勢」で鑑みるなり、それを否定するのは、単なる自虐である。夏目漱石は「馬鹿」を「莫迦」と云ったが、物理的な物事の表象に自己を見るのは馬鹿(莫迦)である。そうやって自己同一性というものは汚されていく。特定の対象である何らかの客体を無視出来るものならば無視してみるがよい。そう試みている限りにおいて、釈迦の手の平の内で踊っている自己にその内気付くであろう。生物学的な自己同一性のみを肯定された者は既に居なくなった。「その自己像は(が)」違っているのである。寓話に登場する怪人百面相や道化の偶像が何を意味しているか?それはまさにお話の世界の住人である。英語で考えると分かり易いが、being differentや(being) differenceがsubjectを必要とするverbであるdifferと異なっている事はobjectivityのもの悲しさを物語っている。subjectivityと云う場合、それはそうではない。
私は被差別の痛みをよく知っている。差別する悦楽についてもよく知っているからである。「私だったらそう差別する」。レイシズムの残酷さについては言わずもがなである。戦場における敵対関係とはそういうものだ。それがどういうものであるかは先に説明した通りであり、それの最終形態の中に我々現代日本人は生きている。其処において、ヒトのオスとヒトのメスがやたらと求め合うのは、それが「現状よりはマシな」地獄だからである。それは、現代日本人においては、もはや、堕落ではなく、逆上せ上がりなのである。(その)レイシズムがシステミックではなくカオティックである事の中に我々は生かされているのである。
(17:36 2025/01/30)上段
(20:20 2025/01/30)下段